以前、まだ前の店舗で営業していた頃、ずっと通ってくださる高齢の男性がいました。
その方は決まってみらさかブレンドを注文されていて。
平日の午前中に来られては新聞を読みながらコーヒーを飲むのが日課のようでした。
穏やかなその姿が店内に溶け込み、印象的だったのを今でもよく覚えています。
しかしある時からその男性の姿がぱたりと見えなくなりました。
いつも通りの時間に現れない彼のことが気になりましたが連絡手段もなく月日が流れていきました。
ある日のこと、彼がご家族に支えられながら店を訪れました。
驚いたのはその姿でした。以前のような健康そうな面影はなく、痩せ細り、顔色も悪く、立っているのもやっとのご様子で。
その時、彼が末期の癌を患っており、余命僅かであることを初めて知りました。
「どうしてこんな状態でわざわざ…」と尋ねると、彼はか細い声で、「最後にもう一度、ここのコーヒーが飲みたかったんです」と微笑んで答えました。その瞬間、胸が熱くなるのを感じました。一杯のコーヒーが、彼にとってそんな大切なものだったことに、言葉にならない感情が押し寄せました。
そして、歩くのも食べるのも難しい状態なのに足を運んでくださったことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
男性はその日も、みらさかブレンドをじっくり時間をかけて味わった後、満足そうに一呼吸置いて帰路につかれました。
数日後、ご家族から彼の訃報を聞きました。もちろん悲しみがこみ上げましたが、同時に、最後にコーヒーを楽しんでいただけて本当によかったと思いました。
お店を移転してからも彼をふと思い出すことがあります。
想いを込めて淹れる一杯のコーヒーが、誰かの心の拠り所になれたら。
そんなふうに思いながら毎日コーヒーを淹れています